春うらら・・・(滝廉太郎) [古文]
ceciliaさんの記事で、滝廉太郎の『花』を取り上げていました。
「花」に関して続き・・・武島羽衣の”本歌取り”(ceciliaさんの記事)
♪櫂のしずくも花と散る♪
これは詩を書いた武島羽衣が源氏物語から”本歌取り”をしているそうなのです。
”胡蝶の巻”で源氏が六条院の春の賑わいを歌った歌があります。
春の日のうららにさして行く船は 棹のしずくも花ぞ散りける
・・・という歌です。
ここでは櫂でも櫓でもなく棹になっていますが、棹は櫓に近いものなのでしょうね。
でも棹でもしずくが花のように散るのでしょうか?
先日の記事のコメント欄では櫓の場合は飛沫があがらない・・・というご指摘もいただいていますが。
さて、この歌にはもうひとつ”本歌取り”があるということです。
♪げに一刻も千金の♪
春宵一刻値千金(中国の詩人蘇軾の「春夜」から)
臥薪嘗胆~センター試験 [古文]
漢文の問題は呉王・夫差(フサ)と伝説の美女・西施(セイシ)の話でした。
臥薪嘗胆は高校の漢文の教科書で初めて学んだもので、とても印象に残っているお話です。確か1年生のときで、担当の先生がとても上手な方でした。(ただ、絶対に笑わないことをモットーにしているとヘンなところがありましたが。)
教科書では,伍員(ゴ・ウン)字(あざな)は子胥(シショ)・・・伍奢(ゴ・シャ)の子也。なんて感じだったと思います。父の仇の墓を暴いて鞭を振るった。これが『死者に鞭打つ』の語源ですね。
一方、西施はその後、三国志を読んで名前を知りました。中国四大美女の一人だそうです。越王の姦計で、呉王をたぶらかす役を果たしたと言われています。
とまあ、今回はなじみある得意分野だったので、漢文は満点(50点)取れました。因みに一番の論説も満点(50点)でした。
出題は侯方域の『壮海堂文集』という書物から。侯さんは明代末の人。ネットで検索してもあまり出てきません。この人の歴史論評のようで、
(要約)
俗説では、美女にたぶらかされて呉が滅んだといわれるが、(私が思うに)実際には呉王夫差の器量不足と戦争拡大路線が主因であろうと。同じように滅んだ国の例として、五胡十六国時代の前秦の符堅(フ・ケン)が東晋に対して再三戦をしかけて滅んだという。ことわざにも、よい武器は自分を傷つける、とか遠きを攻めるものは近くを忘れるというではないか。
・・・と、冷静に分析した正論を展開しています。
これを現代に例えれば、まともな科学的リテラシーがあれば、地球温暖化なんてありえない・・・みたいな感じでしょうか。
しかし、前秦の符堅なんて知っている高校生は、ちょっといないだろうなぁ・・・・。
馬乗り [古文]
徒然草に『馬乗り』の話がありました。
馬乗りの名人の名前は吉田。兼好さんと同じ苗字ですね。
その名人がいうには、
1 まず馬を見て、短所長所を把握すること
2 馬具その他をきちんと点検すること
だそうです。うーん、奥が深い。
これはあらゆる面に応用がききますね。国語のテストの選択肢の吟味にもいえるし、クルマの運転や、それこそ馬券検討にもあてはまりましょう。流石です。
特に、馬券検討の場合は、新聞の印を信用せずに、すなおに成績欄を検討することは重要です。暗号やサインを知らなくても、それだけで的中率は改善されることでしょう。
とにかく、小手先のテクニックではなくて、基本的なチェックが大切ということですね。
おみそれしましたぁ!
温故知新 [古文]
温故而知新。可以爲師矣。
中2の国語で習います。後半の師の意味ですが、わたしは、温故知新を手本にしなさい・・・という意味だと思っていました。
しかし、解答をみると、
温故知新ができたら、人の先生になれる・・・という意味だと書いてありました。
なんか、それだと、底が浅いなぁと思うのですが。
漢詩に関心・感心 [古文]
漢詩でラブレターをばと思いたつ
絶句と律詩の違いは句数だけではなかったのね。
律詩では対句がなければならない!へぇ~×100
因みに絶句は起承転結!
故に小中で対義語を学ぶのは大切なのねー。
書き下し文では偉そうな感じになってしまう。
そうなんですわ。寂しい詩も恋の詩も雰囲気が台無し!!
やはり中国語で読むのが正しい!CSも200番台のチャンネルで中国語会話やっているのを発見したので、今後はこれも見よう。もっとも中国語自体も発音は変わっているのだが・・・
もうひとつの発見は、漢文(文語)のおかげで、中央官僚が地方へ赴任しても言葉が通じだということ!!
方言が違っても書けば通じたのですね。文語体おそるべし。
そういえば、遊郭で『○○でありんす~』のような言葉で統一されたのも方言の違う遊女同士が共通の言語ではなすたまだったとか。
日本も文語体と旧かなづかいを復活させよう。茶川賞でやらないかなぁ~。
いや、やるでござる。やるべし!かな?