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住吉神社とは何か [歴史]

日本人には蒙古斑がある。遺伝子的にも朝鮮や中国よりも蒙古や中央アジアに近いことは近年の研究ではっきりしている。だから、モンゴル人の横綱いても外人扱いすることはない。日本原人なんて存在しないわけで、古代日本列島は要するに大陸からの移民の坩堝(るつぼ)であったわけなのだから。

さて、モンゴル、蒙古(モウコ)、靺鞨(マッカツ)、勿吉(モッキツ)は実は全て同じ語源だった。

韓ドラでもよく聞くマルガルとは靺鞨のことだが、このように〔t〕音は〔r〕音に転化する。結局、モンゴル、マルガル、モウコは同じなのだ。さらに、なまれば靺鞨も勿吉も同じということらしい。韓国の韓も漢と同じ〔ハン〕である。

2000年ほど前のモンゴル、靺鞨の語源の発音はムークイ、ムーキー(向)だったと思われる。神奈川小田急線沿いに住んでいた私は、けっこう不思議な地名に馴染みがある。向ヶ丘遊園、百合ヶ丘。向こうの丘なんて全国どこにでもあるし、百合ヶ丘でユリなんて見たことない。なんでこんな地名なのか?

さて、住吉神社の住という漢字も実は、スム・スミだけでなく、モチという読みもあるそうな。勿吉(もっきつ)を住吉(もっきつ)と漢字を変換すれば、別に『住むに良い』などというコジツケの地名由来にはならないはずだ。住吉神社は謡の高砂で聞くように大阪あたりが有名だが、東京の府中(東京競馬場がある)にも住吉町と日吉町がある。先ほど出した向ヶ丘遊園も実は府中市の南にある。

神奈川在住のおり、住吉神社や日枝神社はよく見たが、八幡神社はどこにもなかった。せいぜい鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮ぐらいで、街中にはぜんぜんなかったですね。生徒たちに聞いても、八幡様なんて知らなかったですね。私は全国どこにでも八幡様の神社があると思っていました。

問題の住吉神社は調べてみると、祭られているのは底筒男、中筒男、表筒男命ということで、なんのことかさっぱりわかりませんね。日枝神社もその由来文書をみると不詳、不詳、不詳のオンパレードです。実は関東地方の神社はほとんどが縁起不詳なんだそうです。これは歴史的に征服民族に抹殺させられたからでしょう。住吉神社のツツオとは新羅の伝説の始祖・南解次次雄ジジオ=ツツオというのがおそらく正体でしょう。それなら納得がいきます。ツツオは初代・パク・ヒョッコセの息子(長男)でニ聖と呼ばれているそうです。当時の新羅はチャミョンゴで有名な楽浪とも戦をした時代だったそうです。


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たいちさん

住吉神社は近畿地方に多いですね。全国では約600社あるそうですね。
by たいちさん (2012-10-22 21:59) 

降龍十八掌

たいちさん、ありがとうございます。
私の故郷では見たことないですが、新潟市には住吉町があります。全国的に地名として残っているので、古代の名残でしょう。
ロマンを感じますね。
by 降龍十八掌 (2012-10-23 09:46) 

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